学校に行けない日が続くと、勉強も将来も心配になりますよね。けれど、声をかけるたびにつらそうな顔を見ると、どうすればいいか分からなくなる。
不登校は、一つの方法で解決できる簡単な問題ではありません。今のしんどさを、ご家庭だけで背負わず支援する人と一緒に整理するところから始めませんか。
この記事の目次
学校に行けない日を、家庭だけで抱えないために
学校を休んでいても、本人の中では不安や焦りが続いていることがあります。保護者も、仕事や家事をしながら学校に連絡し、子どもの様子を見て、先のことを考える。その負担は小さくありません。
家庭だけで何とかしようと頑張り続けて、親子ともに疲れてしまうこともあります。そんなときは、支える人を増やすことまで含めて考えてよいのだと思います。
本人が安心して過ごせる環境を整える役割は、学校や支援機関にもあります。文部科学省も、本人に合わせた支援や、学校側が受け入れ方を見直す必要性を示しています[4]。
家庭教師は、学びを支える人を家庭の外にも持つ選択肢の一つです。ただ、人と会うことや勉強の話が今は重いなら、始める判断を保留にしてもかまいません。
ご家庭に合う時期や方法を、周囲と考える余地があります。
ノルウェーの研究から、周囲の支えを考える

ノルウェーで1,090人の若者を13歳から23歳まで追跡した研究では、親との親密さと、仲間から受け入れられている感覚の両方が、自尊感情と関連していました[1]。
この研究は、不登校や家庭教師の効果を調べたものではなく、関係を増やせば状況が改善するという因果関係も示していません。
私たちがここから考えたいのは、子どもを支える関係を、家族の外にも持てるとよいということです。親の支えを大切にしながら、気持ちを受け止めてくれる相手がほかにもいる。
その可能性を考えるための参考になります。今すぐ友人をつくったり、誰かと話したりすることを、本人の宿題にする必要はありません。
まず周りの大人がつながり、親子が孤立しないように支えることも大切だと考えます。
勉強に向かえない今だけで、その子の力は決まりません
教科書を開けない、授業の話になると黙ってしまう。そんな様子が続くと、もう勉強についていけないのではないかと心配になるかもしれません。
けれど、その時点で取り組めないことだけで、本人の学ぶ力や将来を決めることはできません。
本人も、遅れを気にしているからこそ、何から手をつければよいか分からなくなっている場合があります。
学習を再開するときには、教材や進め方を整理し、取り組めそうな範囲を探す役割を、先生などの支える側が担えます。
分からないところをうまく説明することまで、最初から本人に求めなくてよいのです。
学習の相談と並行して、学校に進路や学び方の選択肢を確認してもらうなど、先の見通しを周囲が支えることも考えられます。
「一問だけ」も難しい日があります
「一問だけなら」「あいさつするだけなら」と、周りは少しでも負担を減らそうとします。それでも、その一問や一言が出てこない日があります。
何がつらいのかを本人自身もうまく説明できず、戸惑っていることもあります。励ましたつもりの言葉で子どもがつらそうになり、保護者まで自分を責めてしまうこともあると思います。
いつも正しい声かけを選び続けるのは難しいことです。うまく話せない日は、結論を急がず、いったんその話から離れる余地があってよいと考えます。
「今日はここまでにしよう」と周りから区切ることもできます。できなかった理由を説明したり、休むことを交渉したりする負担まで、本人だけに背負わせない関わりを大切にしたいと思います。
目標を決めることさえ、しんどいときには
「小さな目標を一緒に決めよう」と言われても、何をしたいのか、何ならできるのかを考える余裕がない時期もあります。
「分からない」という返事しか出てこないときに、答えが出るまで話し合いを続ける必要はありません。
本人の気持ちを大切にすることには、今は決められないという状態を受け止めることも含まれます。
学習を始める場合も、先生の側で選択肢を少なくしたり、予定より負担が大きそうなら進め方を変えたりするなど、本人に考えさせる負担を減らす工夫ができます。
前に取り組めたことが今日は難しくても、同じ量を求めなくてよいと考えます。
目標を達成できたかだけでその時間を評価せず、つらいときに中断できることや、断っても責められないことを、支える側が大切にしていきたいと思います。
家庭教師も、一人の人間としてその子に向き合う
家庭教師は、勉強を教える仕事です。そして、その時間を重ねる中で、一人の人間として、お子さまの人生に深く関わることのできる仕事でもあると、私は思っています。
ここからは、lumeraを作った私自身が、不登校のお子さまと家庭教師として話してきた経験をお伝えします。
私が大切にしてきたのは、目の前の子と、勉強という一つの共通の言葉を持つことです。一緒に問題を眺めて、「ここはどう考えた?」「自分はこう思ったんだけど、どうかな」と話す。
正解を教えるだけで終わらず、その子が何を見て、どんなふうに考えているのかを知ろうとする。私自身も、同じものを一緒に見ようと努力する。その関わりを大切にしてきました。
会っている時間まで、いつも「不登校だから」という見方に縛られる必要はないと思います。「助ける人」と「助けられる子」という役割を先に置かず、一人の人と一人の人として話したい。
勉強を間に置くことで、向かい合って気持ちを説明することが難しい日にも、隣で同じ問題を見ながら話せることがあります。
もちろん、分かったつもりにならず、その子の言葉を聞き、関わり方を考え続ける必要があります。
一度の会話で何かを変えようとするより、約束した時間に会い、その日に一緒に取り組めることに向き合う。そうした時間の積み重ねにも、家庭教師の大切な役割があると感じています。
そんなふうに向き合う学生と、出会える場所を作りたい

すべての学生が、同じ思いや関わり方を持っているわけではありません。それでも、目の前の子のことを知ろうとし、何ができるかを考えながら、責任を持って関わろうと頑張る学生はいます。
私は、そういう学生と、お子さまやご家庭がつながれる場所を作りたいと思っています。 「どの教科を教えられるか」に加えて、「この子と、どんな時間を過ごそうとしてくれるか」。
先生を選ぶときには、そんなところも確かめていただきたいのです。初めから気持ちを全部話せなくても、会話が弾まなくても、目の前の子を知ろうとしてくれるか。
勉強で手が止まったとき、一緒に立ち止まってくれるか。面談や授業の中で、その先生の向き合い方を見てみてください。
保護者の方も、「勉強は心配だけれど、追い詰めたくない」「まずは話せる相手に出会ってほしい」と、迷っていても大丈夫です。
まとまった希望を用意するより、今のお子さまの様子と、ご家庭が大切にしたいことからお聞かせください。 勉強を共通の言葉にしながら、一緒に同じものを見ようとする。
そのために努力する先生と出会える場所に、lumeraを育てていきたいと思っています。
参考文献と制度の確認先
- Birkeland・Breivik・Wold(2014):ノルウェーの若者における親との親密さ、仲間からの受容と自尊感情の関連
- 文部科学省:不登校児童生徒への支援の在り方について(2019年10月25日)
- こども家庭庁:こども家庭庁における不登校対策
- 文部科学省:不登校児童生徒への支援に対する基本的な考え方(2023年)
研究が示す人との関係と自尊感情の関連、公的な支援方針と、運営者自身の経験・思いは区別して紹介しています。後半の家庭教師としての関わり方は、研究が効果を保証するものではありません。